メンタルエラーがリカバリした後の話

精神的に自立しはじめました。人生の組み立て方を学べたらと思っています。

フジロック行った

直前で職場との調整があってそれがマジで苦痛だったけども。
7/24~25の二日間にて、苗場で開催されていたフジロックに参加しました。

今回はほとんど飯の写真撮らなかったな。取るの忘れていた。
ただし印象的だった飯がある。
それは京都駅にある第一旭のラーメンである。何と出店していたのだ。
そして夜中だったため、人もおらずすんなりと食べれた。
タイミングが私にとってはいいけど。

個人的にはハイスタ、Khruanbin、TUNRSTILEが最高でしたね。
音楽に包まれた二日間でした。最高でした。

二日間で40㎞弱歩いていることは置いておこう(笑)

思い込みを改善することは多分無理な気がする

私は主張が一貫せず、考えもころころ変わる。
根っこの部分は変えていないつもりだが、今日はどうしようか。

思い込みというのはどうしてもあるわけで、
それによるバイアスも発生するので、
どのように受け止めてから行動に移すかが重要だと思う。

何故ならその思い込みは自分が生きてきた証であるに違いないからだ。
なので、思い込み全てを否定するのではなく、それも私の考えの内であると思えばいい。

自分の中の考えは、何もならない考えも多い。
多い中で、良いものを選び取れるかは自分次第ではある。
誰かのアドバイスを当てはめもいいし、もう少し自由に考えていい。

それが出来れば、モヤがかかっている視野もそれなりに開けるだろう。

ローカルLLMに触れてみた

古い人間なのでWSLのDocker上で、
ローカルMMLを動かしてみた。
ちょっと苦労したが、今はAIがあるのでエラー解消はお手のもの。
最初は、Gemma 4 12B QATを入れてみたがまあ当たり前で動きすら見せなかった。

以前の会社でPCを上から降りてきた指示で、
機械的に自作していた人間から見れば、そりゃVRAMを搭載したGPUが追加で必要なわけで。
まあ以前はGPGPUとか呼ばれていたな。
元々はゲーム用なので、GPUをゲーム用途以外で用いるというものです。

自分の貧弱PCでは当然の結果だ。
なのでモデルを変えてみた。
llama3.2:3bである。
3bというのは3億パラメータという意味となる。

まあ応答は遅い。3分ほどかかった。
それでも動けばそれなりに面白い。

まあ特になにが出来るわけではないけど暇があったら、遊んでみよう。

llama



研修会という強制イベント

今日はあまり書くことが無い。
無いので、ある派遣会社の実情を話そう。

派遣会社はピンハネをするという実態を知っておこう。
目に見えるほどの人材を利用した搾取構造である。
社長が1000万するセダン乗っていたらそう思わざるを得ないだろう。

とはいえ、大人になったのでそういう構造でもまれながら
何も得ないかもしれないが経験を積むしかない。
私のような人間なら、ここいらがてっぺんな気がする。

さて、研修会について語ろう。
年に4回ある強制イベントである。
指定出勤日という言葉で縛るのだ。

概略を言えば、
・何も意味のないセキュリティ講話
・何も意味のない社長講話が2回
・SDGsの3分間スピーチ
・セキュリティ研修と称したビデオ学習(初歩中の初歩)
・技術研修の名を騙ったただの雑談


私から見れば、全て地獄である。
また、これらについて感想文を後日書かされる。
忠誠心を誓わせたいのであろう。もちろん、私が大げさに言っている。思い込みもある。
ただしその思い込みはある1つの事実が、思い込みではないと考えさせてくれる。
社長は過去、某新興宗教に通っていたのだ。

これだけではない。
社員が、宗教を布教されていることに気づいておらず、絶対参加しろと強制してくるのだ。
もはや社長をカリスマ化しすぎており、何も気づいていない。

私は給料だけ得られればいいし、この無駄な時間を自己研鑽に充てたいので
もう参加しませんとはっきりと申し上げた。残業続きで疲れていたが、全く後悔はない。
宗教くさい話など聞きたくもないし。関わりたくないのである。

今日は映画でも見て、日本に溢れている宗教の匂いに思いを巡らそう。

正しい道ではなくとも

そう、自分であればいい。インスタでよく上がってくる言葉がある。
「他人が決めつけた自分になるのか、自分がこうなりたいと願った自分になるのか」
他人は家族、友人、恋人、どんな人でもいい。

常に疑問だった、あなたはこうなりなさいやこうあるべきだよ、などなど。
自分らしい自分とは何だと自問したことは何度もある。
年を取り、長い人生に気づいたとき、それはようやく無意味だと実感として分かった。
そういってきた人たちをクズとは言うことが出来るわけがない。
私のためを思って言ってくれていたことが大半だ。

何故かというと私自身が努力していなかったためだ。
好きなことをやりふけ、怠惰に暮らし、酒と女とタバコにまみれる。
たまに睡眠薬。音楽とドラム。クズは私だったのだ。
しかしながら、もちろん働いてはいた。

私はこうなりたいという思いがある。
それをなれないからあきらめるではなく、最大限努力するでいいのだ。
痩せたっていい、欲望にまみれていなくていい、
悩んだ上で自分を見いだせしていくことが私の人生だろう。

資格も取り、うわついているからかもしれないが、そう思う。
正しい道ではなくとも、自分で選び、自分で進んでいけばいい。

今日の診療にて

本日も症状には特段変わりないことを伝えた。ただし心配されても困るので、仕事が忙しいことは伝えていない。

思えば、前々職では職場で知り合いの声だったり、似ている人を見かけたりすることが多かった。この頃から症状は始まっていたのかもしれない。無自覚というものは恐ろしいものだ。また悪口が日々聞こえ、それを自分を守るために相手に問い詰めても、そんなこと言ってないよとの一点張りである。事実かどうかは置いておいて、今考えれば当然ではある。

過去は変えようがないので、代わりに未来を突き進むことが出来る。

話は変わるが、地元に帰ってきて発症したときに知能検査を受けた。WAISである。いたって平均の数値である。

全検査IQ:104
言語理解:99
知覚推理:111
ワーキングメモリー:106
処理速度:97

平均でよかったというのは私の感想で、ただし症状がまだ落ち着いていない時だった。それを言ったら、医師は

「もう少し高く出るかもしれないけど、数値に囚われてはいけないよ。大事なのは何が書いてあるか」

そういわれた私は、臨床心理士が残してくれたコメントの方が大事じゃないかと思い、それを伝えた。「そうそう」と同意してくれた。

・論理的思考力が高い
・目から得る情報量が多い
・抽象を具体化する能力が高くない
改めて伝えてもらうことで、自身の認知の癖を知ることが出来た。

話の中で言われたのが
「こうあるべきという思いが強い。男であったらこうあるべきといったようなものだね」
そう、これは私がいつも考えていることである。

「もっと柔らかく考えていいよ。君は寛解したも同然で、薬を減らしてもいい。
ただし症状の発端がわからないから、何とも言い難いところだけどね」

ざっくりこんなことを言われた。発端など言えるはずがない。それを言ったらまた妄想扱いされるかもしれないと思いがある。

柔軟に考えていいというのは収穫で私の中では励ましと同時に救いだった。言葉に出来ない何か心地いいものが心につき抜けたように思う。

私も含めた人間はささいな励ましと感謝、そして支え合いの上で成り立っている。しかし現実はお金もあって、苦しい時もあれば、悲しい時もある。一時の救いが人生を成り立たせてくれるのであって、常に求めてはいけない。

病気を言い訳にしない

たまにAIと対話する。もちろん哲学の話ではない。
その中で、メール文章に癖があるとのことだった。
事実をストレートに言いがちで、ネガティブ要素強いらしい。

正直、地がネガティブなのでそこは変えようがないと今までは思っていた。
最近はその考えではやっていけない気がしている。

これまでは病気だからという言い訳をしてきた。
これは心が弱かったからである。

今後は病気を言い訳にしてはいけない。ただし病気を否定もしない。
自分がポジティブになることを選択していい。
しかし、現実を見ないポジティブは違うと思う。

周りに言い訳をせず現実を直視して前に進む。
非常に難しいことだがそれが今の私に求められているものだ。

常日頃からそう思っておけば、少しずつ変われるはずだ。
強さとはそういったことの積み重ねだろう。